桜と、四季のない国での記憶

大学が飛鳥山公園の近くにあったので、学生時代、授業をさぼってこの公園で花見をしたことも。また、大学の近所にはソメイヨシノで有名な染井霊園もあり、夜桜見ながら墓地を歩いた思い出なども、ちらりと頭をよぎります。春になるとふと思い出す、若き日の思い出ですね。
ところで、3年半前まで常夏のシンガポールに住んでいたのですが、四季がないためか、多くの多くの大切な思い出があるのに、それぞれの出来事がいったい何年前の何月のことだったのか?全く思い出せません。
日本での出来事なら、5年前のことも、10年前のことも、桜の季節だったな、とか、梅雨だったとか、雪が降っていたなどと、その時々の風景、気温、服装などで、季節の感覚とともに思いだすもの。
たとえば、このマンションを見つけたのは、じめじめした梅雨の季節で、入居したのは、長袖を着始めた9月だったなあ、などと。なのに、シンガポールで体験したことは、一体何年の何月だったのか?さっぱり思い出せないのです。
たとえば、ウチのネコ。シンガポールに住んでいる時に地元の方から貰ったのですが、この子が一体いつウチにやってきたのか?全く思い出せません。…つまり、この子の年齢が分らない・・・どんな出来事を振り返っても、記憶の背景にあるのは、蒸し暑い空気と、ヤシの木、ブーゲンビリアの花。

唯一、シンガポールでの出来事を振り返る時に使えるのが、「転職歴」。シンガポールは「ジョブ・ホッピング」といって、より良い条件の職場があれば、どんどん転職する転職王国。イエカエルもこの国柄にしっかり馴染んで、日系電機メーカー→地元の出版社→日系ニュース通信社と、4年半で3つの職場を転々としました。たとえば、ネコを貰ったのは、通信社に勤めていたころだから、02年10月以降だな…などと計算します。ただ、この方法も何年何月まで特定するのは難しく…。
転職歴のほかにも時間軸を特定する基準となるものがあるとしたら、「9.11」と「SARS」。私がシンガポールに滞在していた2000年−2004年に、この2つの世界を揺るがす出来事が起き、シンガポール、そしてシンガポールに住む私にも大きな打撃・衝撃を与えました。(シンガポールではSARSで30人強の死者が出たほか、騒動の際は日本への帰国もままならない状況でした)それぞれの出来事によって、私自身の心や行動に大きな変化が起こったので、その当時の自分の心の在り方を振り返れば、それが9.11の前か後か、そして、SARSの前か後かが分かり、時間を特定する助けになることもあります。
上記の判断基準を駆使すると、ネコがうちに来たのは9.11後、2回目の転職後で、かつ、SARS前=2001年10月〜2003年2月に絞られます。なので、ウチのネコは今、5歳〜7歳の幅があるわけです。(飼い主なら覚えておけ!という感じですが)
…一方で日本では、春・夏・秋・冬の季節を、景色と気温と匂いなどを通して五感で感じるので、思い出が時間の感覚とともに体に刻まれるんだなあ…花見をしながらそんことを考えました。




































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