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シンガポール

2008年7月14日 (月)

「駐妻」だった頃④

暑い…暑くなるとシンガポールでの生活を思い出します…。というわけで、しばらくぶりに、シンガポールでの就職活動の続きを…。

就職活動開始から2か月ほど。キャリアアップのためにシンガポールに行ったつもりだったのに、人材紹介会社の紹介してくれるお仕事はアシスタント職ばかり…嫌気が差して、途中から自力で探すことにしました。

現地の英語紙ストレーツ・タイムズの求人欄を見て、ひたすらレターを書くのです。孤独な作業です。出しても出してもナシのつぶてだったのですが、ある日、某大手日系メーカーより面接のお知らせが…!職種は「マーケティング職」とありました。

日系メーカーですが、人事担当者はシンガポール人。日本語→英語訳の試験と人事部長の面接ののち、日本人駐在員の最終面接があり、採用決定!となりました。

当初希望していた職種ではなかったのですが、マーケティングを学べるかも?という淡い期待と、面接していただいた方の印象が良かったので、無職の期間が長引くよりはこのあたりで手を打つか…ということで、この会社にお世話になることに決めました。

一件落着!めでたしめでたし!…のハズなのですが、なんとこの後1か月半ほど働き始めることができませんでした。その謎は?…次回へ続く…

▼大好物チリクラブ…大きなスリランカ蟹をチリソースで炒めたもの。
揚げパンでソースをすくって食べるのが最高のシアワセ♪

2008年6月 9日 (月)

「駐妻」だった頃③

シンガポールでの就職活動。最初に内定を頂いた不動産会社のオファーをお断りした際、人材紹介会社の担当者に言われた言葉が蘇ってきました。

「先方は、奥様でもいいと言ってくれているんですよ!」

…「でもいい」って、何かイケナイのでしょうか…。海外の日本社会では、駐在員の妻の総称として「奥様」という言葉を使うのですが、イエカエルはこれがどうにも受け入れ難く、「奥様」と言われる度にドンヨリsadとしたものです。

その後、「広告関係の仕事をしたい」と伝えているにもかかわらず、人材紹介会社から紹介されるのは、日系のメーカーや銀行のアシスタント職ばかり。

ある大手銀行の面接では、シンガポール人の人事担当者にすら、「日本人女性は結婚したら働かないんじゃないの?」との質問。

「何ですと?!」annoy

下手な英語で、ぎゃんぎゃん文句を言いました。「結婚した女性が働いて何が悪い!?なんたらかんたら・・・」面接だというのに…。
当然、その銀行からは音沙汰ナシ、でございました。

実際、駐在員の妻が働くことを「禁止」している日本企業は少なくありません。♪職業選択の自由、アハハンと、とらばーゆのCMで歌われたのは80年代後半だった?(ふ、古い…)と思いますが、現地の日本社会は、日本企業が海外に大量に進出した70年代とあまり変わりがないような印象。70年代、80年代に父の仕事で海外にいたので、現地の雰囲気はほぼ覚悟はしていたものの、時は2000年。チューツマとして働くことは、イエカエルの想像以上にハードルが高かったのでした。

▼イエカエルの大好物、チャークエティオ。
これを食べる時が何よりの幸せでしたheart02

2008年6月 6日 (金)

「駐妻」だった頃②

シンガポールに行ってすぐに人材紹介会社に登録しました。日系の人材登録会社2社と、外資系人材登録会社1社。

最初の会社では、30歳前後の担当女性(日本人)に「(働くのは)奥様のヒマつぶしですか」と言われました。

「何だ、この女っ」と思い、キレかけましたが、仕事を紹介してもらわなければならない立場なので、グっとこらえました。

最初に紹介されたオシゴトは、シンガポール最大手の民間不動産会社の営業。日本人駐在員向けの住居あっせんがオシゴトです。

オーチャードロードにある超ゴージャスなサービスアパートメントがその会社のメイン物件で、このアパートメントの最上階がオフィスとなっていました。いかにも成金な華僑ビジネスマンの役員面接。吹き抜け、シャンデリア、金色の壁shine。オフィスのあまりのゴージャスさに、目がくらみ、やる気マンマンに自己アピール。

結果、シンガポール到着後1か月ほどの時点で内定ゲット

・・・でも、イエカエル、日本で某メディアで広告営業を5年間やっていたので、シンガポールでもメディア系か広告系の仕事をしたいと思っていました。

一瞬、心が傾いたものの、最初の夢をどうしてもあきらめきれずに、オファーをお断りしてしまいました。…それ以来、その会社を紹介してくれた紹介会社からは、お仕事のご紹介をしていただけず…その後の就職活動は残り2社の紹介に頼ることになります…つづく

▼シンガポールのオフィス街。イエカエル、ココで働けるのか?!

2008年6月 4日 (水)

「駐妻」だった頃①

3年ぶりにシンガポールを訪ねて、チューツマ(駐在員の妻)だった頃の自分をひさびさに思い出しました。封印したい過去もありますが、忘れるのももったいないネタなので、つらつら、当時の現実を書いてみようと思います。

シンガポールに行ったのは、イエカエル28歳の春。
当時付き合っていた人がシンガポール駐在になったことがきっかけでした。海外で働く」夢がかなえられる!と、思い切って仕事を辞め、シンガポールへ行くことを決意。

準備は周到なハズでした。わざわざ結婚前に現地へ行って就職活動を展開。内定をつかんでから結婚し、現地入り。

…なのに、現地へ行ったら、「駐在員の妻」だからという理由で就職先から断られるハメに。そのあと、人材会社に登録し、日系企業に面接に行っても、「奥さまなのに、働くんですか?」「働く必要があるんですか?」という質問ばかり…angry

想像すらしなかった展開。結婚したとたんに、「●●さんの奥様」としか扱われず、満足な仕事も紹介してもらえない現実に直面したイエカエル。現実を受け入れられず、2−3週間ほど、オウチに引きこもってしまいました。

▼ココにひきこもった…!


この4階の窓から、恐ろしい勢いのスコールと雷におびえながら、もんもんと過ごす毎日。それでもあきらめずに、現地の新聞の求人欄を毎日チェックして、辞書をひきひき履歴書を送り続けました。広告代理店や不動産会社、M&Aの会社、証券会社、銀行、メーカー…。いやあ、引きこもりの割には、10社以上面接を受けました。果たしてイエカエル、仕事にありつけたのか?!・・・つづく

プロフィール

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イエカエル

イエカエル

住宅情報ナビの元編集部員。バツイチ★30代女性。引越し17回、ドイツ、シンガポール、オーストラリア、中国での生活経験有。遊牧民的人生を送ってきたため、定住できる家を買うのが子供の頃からの夢。06年、ついにマンション購入!08年10月より、持家を残して上海転勤に…。